睡眠

 睡眠欲に勝ちたい。
今の自分の身近な敵は睡眠だと思う。
"寝てしまったら仕事が終わらない"と思いながらも睡魔に勝てずつい寝てしまった場合
怖い夢を見ることが多い。
「よし、寝よう」と寝ることを決めて寝た場合とは違って、苦しめられる。
私はその時中学・高校時代を思い出した。
試験前や受験勉強の時に"勉強しなきゃ"と思いながらもつい寝てしまった時に
よく金縛りに合っていた。
"寝たらダメだ"と強く思っている時は体は寝てしまって、
頭は動いている状態になりやすいのだろう。
最近は金縛りに合うことがほぼないが、あと少しで久々に金縛りが始まりそうになったので、
なんとか起きた。

しかしnot霊魂な金縛りの場合は、たくさん合うと慣れてくる。
最初は怖かったが、何度も合ううちに恐怖が怒りに変わってくる。
「もういいだろ。こっちは寝たいんだよ」といった具合に。
しかし最近は最終的に"超常現象を楽しんじゃえ"と、金縛りの感覚を
少し楽しめるようにもなってきた。
しかしやはり煩わしいことには変わりない。

はぁ、それにしてもさっきの夢怖かったなぁ・・・
私が好きな快楽的ファンタジックなホラー映画の世界とは別種類の、現実的な怖いかんじで・・
寝たいけどまた怖い夢を見そうなのでレッドブルを飲んで仕事をすることにした。


CからはじまるABC

 最近このPVが好きです。

「CからはじまるABC」は忘れらんねえよの曲で、

私がすごくハマっていた日本テレビ系アニメ「逆境無頼カイジ 破戒録篇」の

エンディングテーマでした。もちろん歌も好きです。

こういうPVが作ってみたいなあ。

カイジのエンディングアニメーションのほうも毎週見るのが楽しみだったのですが、(美心のやつ)

なぜか後半からエンディングが流れなくなってしまい、すごく残念でした。

B級で面白い映像が作りたいです。


「CからはじまるABC」 PV




永遠の語らい(マノエル・ド・オリヴェイラ / 葡・仏・伊 / 2003)

今回の映画レビューは マノエル・ド・オリヴェイラの「永遠の語らい」です。
95歳の時に撮った作品だそう。(すごい・・・)
以下、レビューです。前書いたものを少し短くしました。
ネタバレありなので、まだ観ていない方はご注意ください。



 「永遠の語らい」ではそれぞれの登場人物がメタファーとして描かれていると思う。母親のローザ・マリアは文明そのものを象徴している存在にも思えるし、幼い娘のマリア・ジョアナはこれまで築かれてきた文明に強い好奇心を持ち、これから育っていくまだ幼い存在ということからも文明を構築していく人類の象徴のようである。

 監督のオリヴェイラは9.11の事件をきっかけに本作を制作したそうだが、客船の夕食の席で異なる国籍を持つ3人の女性と船長の男性が楽しく人生を語り合うシーンでも、「文明は消える運命」「永遠に続く文明など存在しない」などといったキーワードが女性たちによって語られる。そして最後はテロリストによって仕掛けられた爆弾によって船も母と娘も消滅させられてしまう。また、それぞれ別の母国語で語り合う4人は、バベルの塔の言語分裂後からの理解の壁を越えるという大きな進化を表しているように見える。

 この映画は客船の停泊地から次の停泊地への移動と、波を切る船の先端部分を捉えたショットと、海上を漂う客船を捉えたロングショットなどを組み合わせた反復が使われている。リピートには普遍性を感じさせる効果があるが、この映画においてはその反復の終わりが同時にこの映画の終わりを意味しているようである。




TV番組のアニメーションを制作しました。

NHK BSプレミアムの「額縁をくぐって物語の中へ」という番組のアニメーションを1話分制作しました。

私が担当した回の放送日時は2月2日(木)朝7:15〜7:30です。

ジョン・コンスタブルの「干し草車」という絵のアニメーションです。

NHK-BSが映る環境で、もし朝715分に起きていらっしゃる方がいましたら

ぜひ見てくださいませ!!


【額縁をくぐって物語の中へ】NHK BSプレミアム




時計じかけのオレンジ(1971・米)

 今日も過去に書いたレビューを載せます。(最近忙しくてなかなか書けないので・・・)
時に好きというわけではないのですが、これも大学院の時に書きました。
キューブリックの「時計じかけのオレンジ」です。
無理矢理アニメーションに関連づけて書いています。以下ご覧ください。



この映画で特に際立つのは、全編を通してこの映画がデザイン的な要素を多く含んでいることである。まず、セットや小道具、衣裳の全てが映画の世界観を構成するために細部に渡ってデザインされている。また、この映画では人の動作さえもデザイン的に演出されている。


まず挙げられるのが時間軸の操作である。例えば、アレックスが若い女性二人と性行為をするシーンを早送りにしていたり、アレックスが他の仲間に自分がリーダーだということを示す為に仲間を水に突き落とすシーンをスローモーションで再生していたりする箇所である。これらのシーンは、前者は堂々と映されているSEXシーンの生々しさを早送りの映像と早送りの音楽をつけることによって機械的に和らげているが、その性行為自体は我々の目に焼き付くように作られている。後者は水に突き落として仲間の手をナイフで切るという一瞬だと見えづらい動きをスローモーションにすることによって見やすくしており、またその動きはより明快に見えることによってその悲惨さを伝える効果も上げている。実写映画の場合時間軸の操作は再生速度の違いとして目に見えてわかるが、アニメーションの場合時間軸の操作は再生速度を変化させるのではなく自分で自由にフレームを組み立てるところから始めるので、両者における特性や時間軸に対する表現の仕方は異なってくる。


次に挙げられるのが、ビリーボーイ一派たちが女性をレイプしようとしているシーンである。このシーンでは舞台のステージのようなセットに照明がたかれていて、サウンドトラックではクラシック音楽がつけられている。また、その場にいる5人は常に正面から映されていることを意識した動きをとっており、そのシーンは暴力的な一方で舞台上での演劇のようにも見える。従ってこの暴力シーンは残酷さとビジュアルに特化したデザイン性が融合していると言える。映画の場合は人間とロケーションというすでに存在しているものを撮る所から始まるので、ビジュアルに対する作り込みやアプローチは作品によって差があるが、アニメーションの場合は画面自体をゼロから作り上げるので、視覚的なデザイン性というのは必然的に伴われるものである。


最後に挙げられるのがアレックスの顔のアップである。アレックスの顔のアップは映画の中で何度も使われている。特に映画の冒頭のカットの正面を見つめるアレックスや、バーでベートーベンの第九を歌う女性を見つめる顔のアップは、アレックスがこの映画の象徴的な顔であることも示しているが、内容を語る上で必要というよりはその画自体を印象的に映す為のカットであり、いわばデザイン的なカットであると言える。画を印象的に映す為に作るという点においては、映画よりもアニメーションのほうが意識される部分である。


「時計じかけのオレンジ」に対してデザイン的演出という言葉が当てはまるのは、この映画はデザインの特性と同様に見る者に対しての視覚的配慮もほどこされ、また印象的な画面を意識して作られていることにも起因している。それに対し、アニメーション作品に関してデザインという言葉は必然性を伴う。それは先述した通り何もないところから画面を作っていくという意味でもあり、また、視覚的な要素で表現し、伝える部分が大きいからである。




     

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