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  • 2017.07.25 Tuesday
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永遠の語らい(マノエル・ド・オリヴェイラ / 葡・仏・伊 / 2003)

今回の映画レビューは マノエル・ド・オリヴェイラの「永遠の語らい」です。
95歳の時に撮った作品だそう。(すごい・・・)
以下、レビューです。前書いたものを少し短くしました。
ネタバレありなので、まだ観ていない方はご注意ください。



 「永遠の語らい」ではそれぞれの登場人物がメタファーとして描かれていると思う。母親のローザ・マリアは文明そのものを象徴している存在にも思えるし、幼い娘のマリア・ジョアナはこれまで築かれてきた文明に強い好奇心を持ち、これから育っていくまだ幼い存在ということからも文明を構築していく人類の象徴のようである。

 監督のオリヴェイラは9.11の事件をきっかけに本作を制作したそうだが、客船の夕食の席で異なる国籍を持つ3人の女性と船長の男性が楽しく人生を語り合うシーンでも、「文明は消える運命」「永遠に続く文明など存在しない」などといったキーワードが女性たちによって語られる。そして最後はテロリストによって仕掛けられた爆弾によって船も母と娘も消滅させられてしまう。また、それぞれ別の母国語で語り合う4人は、バベルの塔の言語分裂後からの理解の壁を越えるという大きな進化を表しているように見える。

 この映画は客船の停泊地から次の停泊地への移動と、波を切る船の先端部分を捉えたショットと、海上を漂う客船を捉えたロングショットなどを組み合わせた反復が使われている。リピートには普遍性を感じさせる効果があるが、この映画においてはその反復の終わりが同時にこの映画の終わりを意味しているようである。




TV番組のアニメーションを制作しました。

NHK BSプレミアムの「額縁をくぐって物語の中へ」という番組のアニメーションを1話分制作しました。

私が担当した回の放送日時は2月2日(木)朝7:15〜7:30です。

ジョン・コンスタブルの「干し草車」という絵のアニメーションです。

NHK-BSが映る環境で、もし朝715分に起きていらっしゃる方がいましたら

ぜひ見てくださいませ!!


【額縁をくぐって物語の中へ】NHK BSプレミアム




時計じかけのオレンジ(1971・米)

 今日も過去に書いたレビューを載せます。(最近忙しくてなかなか書けないので・・・)
時に好きというわけではないのですが、これも大学院の時に書きました。
キューブリックの「時計じかけのオレンジ」です。
無理矢理アニメーションに関連づけて書いています。以下ご覧ください。



この映画で特に際立つのは、全編を通してこの映画がデザイン的な要素を多く含んでいることである。まず、セットや小道具、衣裳の全てが映画の世界観を構成するために細部に渡ってデザインされている。また、この映画では人の動作さえもデザイン的に演出されている。


まず挙げられるのが時間軸の操作である。例えば、アレックスが若い女性二人と性行為をするシーンを早送りにしていたり、アレックスが他の仲間に自分がリーダーだということを示す為に仲間を水に突き落とすシーンをスローモーションで再生していたりする箇所である。これらのシーンは、前者は堂々と映されているSEXシーンの生々しさを早送りの映像と早送りの音楽をつけることによって機械的に和らげているが、その性行為自体は我々の目に焼き付くように作られている。後者は水に突き落として仲間の手をナイフで切るという一瞬だと見えづらい動きをスローモーションにすることによって見やすくしており、またその動きはより明快に見えることによってその悲惨さを伝える効果も上げている。実写映画の場合時間軸の操作は再生速度の違いとして目に見えてわかるが、アニメーションの場合時間軸の操作は再生速度を変化させるのではなく自分で自由にフレームを組み立てるところから始めるので、両者における特性や時間軸に対する表現の仕方は異なってくる。


次に挙げられるのが、ビリーボーイ一派たちが女性をレイプしようとしているシーンである。このシーンでは舞台のステージのようなセットに照明がたかれていて、サウンドトラックではクラシック音楽がつけられている。また、その場にいる5人は常に正面から映されていることを意識した動きをとっており、そのシーンは暴力的な一方で舞台上での演劇のようにも見える。従ってこの暴力シーンは残酷さとビジュアルに特化したデザイン性が融合していると言える。映画の場合は人間とロケーションというすでに存在しているものを撮る所から始まるので、ビジュアルに対する作り込みやアプローチは作品によって差があるが、アニメーションの場合は画面自体をゼロから作り上げるので、視覚的なデザイン性というのは必然的に伴われるものである。


最後に挙げられるのがアレックスの顔のアップである。アレックスの顔のアップは映画の中で何度も使われている。特に映画の冒頭のカットの正面を見つめるアレックスや、バーでベートーベンの第九を歌う女性を見つめる顔のアップは、アレックスがこの映画の象徴的な顔であることも示しているが、内容を語る上で必要というよりはその画自体を印象的に映す為のカットであり、いわばデザイン的なカットであると言える。画を印象的に映す為に作るという点においては、映画よりもアニメーションのほうが意識される部分である。


「時計じかけのオレンジ」に対してデザイン的演出という言葉が当てはまるのは、この映画はデザインの特性と同様に見る者に対しての視覚的配慮もほどこされ、また印象的な画面を意識して作られていることにも起因している。それに対し、アニメーション作品に関してデザインという言葉は必然性を伴う。それは先述した通り何もないところから画面を作っていくという意味でもあり、また、視覚的な要素で表現し、伝える部分が大きいからである。



「旅の途中」エレファントカシマシ

 ブログでは、私が大ファンであるエレファントカシマシに関しても綴っていきたいと思います。

かなり個人的な感想になるので、興味ない方は読みとばしてくださいませ。


まず最初は私が最近よく聞いている「旅の途中」です。

この曲はシングル「真夜中のヒーロー」に収録されています。もう12年も前の曲です。また、「チオビタドリンク2000」のCMソングでした。聞けば少し耳にしたことがあるような曲だと思います。

アルバム未収録曲ですが、ぜひアルバムに入れてほしい曲であり、存在がさりげなさすぎるので、もっとドーンと売り出してよかったのにと思います。とても良い曲なので。


youtubeにもアップされています。→「旅の途中」




「罪と罰」漫F画太郎

 今回は、ドストエフスキーの小説ではなく、漫F画太郎作の漫画「罪と罰」(一応原作はドストエフスキー)に関してです。

私は「地獄甲子園」「世にも奇妙な漫☆画太郎」等、画太郎漫画ファンです。下品を通り越して画太郎漫画は芸術の域に達していると考えています。そして、一番新しく読んだのが、この「罪と罰」。

内容は・・・称するならエロ・スプラッター・ギャグです。

正直いつものパターンが繰り返されていて、私は「世にも奇妙な漫☆画太郎」のほうが面白かったですが、特筆するならば本来残酷で脅威的なスプラッターシーンを残酷なままギャグにしてしまっているということです。おそらく普通に描写したら笑いには到底つなげられないシーンを笑いに変えられる画太郎先生の力はやはり真似できるものではなく、この狂気ギャグは他に類を見ないものだと思います。



     

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